公立学校教員 過去問
令和7年度(R8年度採用)
問10 (共通問題 問10)

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問題

公立学校教員試験 令和7年度(R8年度採用) 問10(共通問題 問10) (訂正依頼・報告はこちら)

西洋の教育史に関する記述として適切なものは、次の選択肢のうちのどれか。
  • コンドルセは、ヘルバルトの考えた四段階教授法を、予備、提示、比較、総括、応用という五段階教授法に発展させた。
  • マンは、自らが経営するニューラナークの紡績工場内に性格形成学院という教育施設を付設し、教育を無償で行った。
  • オーエンは、教育への権利は、全ての人間が生来もっている絶対的な自然権であるとし、無償の義務教育制度を提唱し、政治的・宗教的中立性に基づくコモン・スクールを構想した。
  • ラインは、「公教育の全般的組織に関する報告および法案」を議会へ提出した。また、公教育は国民に対する社会の義務であるとした。
  • ロックは、人間は生得的な観念はもたずにタブラ・ラサの状態で生まれ、経験の中で様々な観念を学んでいくことを主張した。

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この過去問の解説 (2件)

01

西洋の教育史に関して、人名と説明文が合っているかを問う問題です。

選択肢1. コンドルセは、ヘルバルトの考えた四段階教授法を、予備、提示、比較、総括、応用という五段階教授法に発展させた。

誤りです。
五段階教授法を唱えたのは「ヴィルヘルム・ライン」です。

選択肢2. マンは、自らが経営するニューラナークの紡績工場内に性格形成学院という教育施設を付設し、教育を無償で行った。

誤りです。
性格形成学院を作ったのは「オーエン」です。

選択肢3. オーエンは、教育への権利は、全ての人間が生来もっている絶対的な自然権であるとし、無償の義務教育制度を提唱し、政治的・宗教的中立性に基づくコモン・スクールを構想した。

誤りです。
コモン・スクールを構想したのは「マン」です。

選択肢4. ラインは、「公教育の全般的組織に関する報告および法案」を議会へ提出した。また、公教育は国民に対する社会の義務であるとした。

誤りです。
「公教育の全般的組織に関する報告および法案」を提出したのは、「コンドルセ」です。

選択肢5. ロックは、人間は生得的な観念はもたずにタブラ・ラサの状態で生まれ、経験の中で様々な観念を学んでいくことを主張した。

正しい記述です。

まとめ

各選択肢の説明は誤っている組み合わせでも、この問題に登場する他の人物の正しい説明になっています。
同じように、このような問題の場合、誤っている4つの選択肢は「人名」と「説明」を入れ替えると正しい記述になることが多いです。
ですから、「人名」と「説明」の組み合わせが間違っている選択肢を1つ見つけると、別の間違った選択肢を見つけることも可能なため、同時に2つの選択肢を消すことができます。
また、この問題の選択肢も人名を正しくするとポイントを簡潔にまとめた文章になっていますので、こういった過去問を利用して記憶の助けとしましょう。

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02

西洋教育史における重要人物とその業績を正しく組み合わせられるかについての問題です。

選択肢1. コンドルセは、ヘルバルトの考えた四段階教授法を、予備、提示、比較、総括、応用という五段階教授法に発展させた。

誤りです。

ヘルバルトが提唱した「四段階教授法」を、「五段階教授法」へと発展させたのは、ヴィルヘルム・ラインです。

 

※ヘルバルトの弟子のトゥイスコン・ツィラー五段階教授法を発展させましたが、「分析、総合、連合、系統、方法」とラインの考えと異なるため注意が必要です。

選択肢2. マンは、自らが経営するニューラナークの紡績工場内に性格形成学院という教育施設を付設し、教育を無償で行った。

誤りです。

「性格形成学院」を設立したのはオーエンで、環境が人間の性格を作ると考え、幼児教育(幼児学校)にも力を入れました。

選択肢3. オーエンは、教育への権利は、全ての人間が生来もっている絶対的な自然権であるとし、無償の義務教育制度を提唱し、政治的・宗教的中立性に基づくコモン・スクールを構想した。

誤りです。

宗教的中立性に基づき、すべての子どもが共に学ぶ「コモン・スクール」を構想したのはホーレス・マンです。

彼の改革は、アメリカの公教育制度の基盤を築くことにつながり、「アメリカ公教育の父」と呼ばれました。

選択肢4. ラインは、「公教育の全般的組織に関する報告および法案」を議会へ提出した。また、公教育は国民に対する社会の義務であるとした。

誤りです。

「公教育の全般的組織に関する報告および法案」を議会に提出したのはコンドルセです。

この法案は「コンドルセ報告」とも言われ、「教育は社会の義務である」と説き、教育の機会均等と自由を主張しました。

選択肢5. ロックは、人間は生得的な観念はもたずにタブラ・ラサの状態で生まれ、経験の中で様々な観念を学んでいくことを主張した。

正しいです。

イギリスの哲学者ジョン・ロックは、心は何も書かれていない白紙(タブラ・ラサ)のような状態で生まれるとし、その後の経験(感覚と内省)によって知識が形成されるという「経験論」を唱えました。

まとめ

教育史の問題は、「誰がどこの国で、どんなキーワードを残したか」をシャッフルした出題が多いです。

誰が何をしたかの結びつきをセットで覚えておくのをオススメします。

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